自然塾主催 アルプス銀座~燕岳・大天井岳・常念岳~
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開催日時:2016年7月30日~8月6日
  
 2010年8月以来6年ぶりの表銀座縦走。メンバーの高齢化に伴って日程は、燕山荘、大天荘、常念小屋に各2泊ずつというゆったりペースの撮影会だ。途中参加あり、途中下山ありとなって、延べ人数は9名だったが、全行程参加は4名と少なかった。
  梅雨明けは宣言されたものの天候不順  梅雨明けは宣言されたものの天候不順で、前半4日は朝晴、午前曇り、15時前後から雨・雷の毎日。朝焼けはあるが夕焼けは無し、山の撮影はほとんどできなくて、朝焼けと花中心の撮影会となった。

参加者:宮嶋、山口、渡里 (ゲスト)石神 計9名
     岩橋崇至先生、岩橋(宏)
 
行程 :有明荘 (前泊)
      ~第1ベンチ~第2ベンチ~第3ベンチ~富士見ベンチ~合戦小屋~三角点~燕山荘(泊)
      ~周辺撮影~燕岳山頂~燕山荘~北燕岳~燕山荘(泊)
      ~周辺撮影~喜作新道~蛙岩~大下り~槍ヶ岳分岐~大天荘(泊)
      ~大天井岳山頂~大天荘~東天井岳手前鞍部~大天荘(泊)
      ~大天井岳山頂~大天荘~東天井岳~横通岳~常念小屋(泊)
      ~常念岳往復~常念小屋(泊)
      ~胸突八丁~ヒエ平登山口→しゃくなげ荘→穂高一休庵(解散)

 
7月30日 土曜日 晴れ
 正規の撮影会は31日の登りから。早朝からなので有明荘に前泊する者が7名。最終的に19時半ごろ予定の人員が揃う。
 
7月31日 日曜日 晴れ後曇り
 5時起床。5時半から1階の談話室で昨夜用意された弁当を食べる。奥井さんが親戚の不幸で帰らざるを得ないとのこと、ここまで来たのに残念。結局この日登るのは5人+宏倫さんの6人。
  6時10分、宏倫さんの車で登山口へ送ってもらい、準備体操などして6時25分に登行開始。駐車場に留めに行った宏倫さんも間もなく追いついて、83歳の大谷さんのペースに合わせてゆっくり登る。
 第一ベンチ(7:17~29)、第二ベンチ(8:4~16)第三ベンチ(8:58~9:12)富士見ベンチ(9:53~10:6)と休憩を取りながら順調にこなす。ただ、日曜日のせいで上から下ってくる登山客の多さに驚かされる。聞くと昨夜の燕山荘は500人以上が泊まっていたらしい。ともかくすれ違いに多くの時間がかかる。10時45分に合戦小屋に到着。
 さあ、スイカだ。800円は安くないが、ここのスイカは有名かつ格別美味しい。ほとんどの登山客が買い求めて真っ赤な身に噛り付いている。登る人、下る人で広場のテーブルも設置されたテントのテーブルも満員の盛況だ。
 間もなく岩橋先生が迎えに下ってきてくれた。約1時間ゆっくり休んで11時38分、燕山荘に向けて登行を再開。12時丁度、合戦ノ頭(三角点)についてやっと樹林から解放され、視界が開け気分は最高。はるか高見に燕山荘が見えるが、もう一息だ。
 12時7分最後の登りにかかる。お褒めの松、冬路分岐で小休止して、13時20分に燕山荘に到着した。宏倫さんのペース配分が良かったせいで意外にも楽に登れて息も上がらなかったのが嬉しい。
 宏倫さんはここでとんぼ返り、せっかく登ってきたのに明日登る加藤さんと石神君のサポートに下って行った。彼もすっかり山男になった感じで、30kg近い重い荷物を担ぎながら疲れも見せずに往復だ。
 さて、今日も小屋は大盛況の様子。通された部屋は別館の一番奥、階段を2回も登って長い蚕棚の部屋を通り抜けた先、ヘリポートがすぐ横に見える部屋だった。疲れた体にはきつい場所だが、良いこともある。別館のトイレは綺麗で使いやすいし、部屋の横にある出入り口は撮影に便利だ。
 着替えをし、荷物を整理した後お茶タイム。館内は高齢者のみならず、若者や子連れ客も多く、さすがに夏休みの期間だけのことはある。
 一息ついて外を見ると、ガスが舞い、時折燕岳がうっすら顔を出すが、すぐに見えなくなる目まぐるしい天気だ。幸い雨は降ってこないようだが、何時降ってもおかしくない。様子を見ながらも結局は休養に充てる。
 18時45分の日没前、にわかに夕焼けの期待が持てそうな空模様になってきた。慌てて準備をし、外に飛び出したが結局期待外れ、何も見えない日没だった。19時、最後の組で夕食。いつもながら手の込んだ夕食が嬉しい。その後懇親に移って21時就寝。暗くなってから雨が落ちてきた。
 
 
8月1日 月曜日 晴れ後曇り後雨
 4時起床。日の出の時間4時49分に合わせて小屋の周辺に待機。東の空に雲が多く、地平線からの日の出は望めなかったが、逆に雲の形が多彩でそこそこの朝焼けが見られた。しかし、最近の状況そのままに光線が弱く、山々が赤く染まることはなかった。
 7時朝食。8時前から曇りがちになってしまったが、8時30分、燕岳山頂方面に撮影に出かける。コマクサは終わってしまったかと思っていたが、よく探せばまだ撮影に耐えられる綺麗な株が結構残っていた。時々出る陽光を待ちながら11時15分まで撮影。
 11時30分ごろから各自山荘で昼食。ほぼ同時刻に加藤・石神2名が宏倫さんにサポートされながら到着。前日の登りよりは1時間ほど早かったようだ。
 13時30分、再び北燕岳へ撮影に出る。最近ゲリラ豪雨が多いようで、北燕のコマクサお花畑が相当荒れていた。豪雨の結果、雨の通り道が深く掘られて痛んでいるところが多い。岩橋先生が撮影の傍ら、熊手で荒れ地の修復に精を出していたのが印象的だった。
 15時前、先生の「さあ、急いで逃げ帰ろう」という発声に半分は帰路に就いたが、残った4人は更に撮影しながら戻っていると、15時30分頃から雨が落ちてきた。さすが先生雨を予期していたのかと感服。カッパを着、小降りの間に急ぎ山荘に戻ったが、着いた途端に豪雨が襲来。雷も鳴って間一髪だった。
 夕方登ってくるはずの宮嶋さん、雷雨の中では大変だと心配していると、合戦小屋で待機しているとの情報が18時頃届いた。雷は更に激しくなり、大町地域では大雨・雷警報が出ていることがテレビの情報からも届いてきた。
 先生と燕山荘の社長が相談の結果、本来宿泊できない合戦小屋だが、非常事態なので明日朝まで泊めるように社長から合戦小屋の責任者に指示を出してくれた。先ずは一安心。 19時夕食。21時就寝まで懇談。外は相変わらず雨音が激しかった。
 
 
8月2日 火曜日 晴れ後曇り後雨
 4時起床。4時半ごろから各自小屋周辺で撮影。朝焼けは昨日とほぼ同様。雲は多いが形が面白いので枚数が増えてしまう。
 6時朝食。食後のコーヒーを飲んでいるうちに宮嶋さんが登ってきた。これで予定の全員が揃う。しばらく休憩の後、燕山荘スタッフに別れを告げて、7時45分大天井岳に向かって出発。
 8時45分、蛙岩で10分休憩。9時2分大下りを通過し、少し下の樹齢300年とも言われる捻じれて這いつくばるカラマツを撮影。(9:9~24) この辺りから花が多くなりハクサンフウロ、タカネナデシコ、テガタチドリ、などを撮影しながら進むので時間が掛かる。
 11時過ぎから小雨が落ちてきたのでカッパを着るが、30分ほどで止んでくれた。11時47分、開けた岩場にチシマギキョウが咲いているのを撮影。丁度昼時になったので、ここで燕山荘の弁当で昼食。(12:00~12:23)
 この辺りは風衝草原の花々、コマクサ、ツメクサ類が多く咲いている。13時6分槍ヶ岳の分岐を左に折れて、大天井岳の登りにかかる。本日最後の辛い登りだが、半分ほど登ったところで雨が降り出した。急ぎカッパを装着して先を急ぐ。
 13時45分から55分にかけて各自大天荘に到着。直後から雨が激しくなり、昨日同様間一髪の到着だった。顔なじみの榊支配人が笑顔で迎えてくれ、旧本館の落ち着いた部屋に案内してくれた。
 衣類等を乾燥室に干し、荷物を整理した後、談話室でコーヒーをご馳走になりながら、かつ途中からはアルコールも入って歓談の時間が続く。雨はその後も夜半までずっと続き遠雷も聞こえていた。
 17時30分、夕食。従前同様この小屋での夕食は肉か魚のチョイスができる。肉は柔らかくて肉厚のトンカツ、魚は鯖の味噌煮だったが、各自好みの料理をショイスして頂く。いずれも美味しく皆一様に好評だった。食事の良い燕山荘グループの中でもここが一番かもしれない。 18時50分から再び談話室で歓談。21時就寝。
 
 
8月3日 水曜日 晴れ後曇り後雨
 4時前起床。昨日同様雲はあるが晴。4時20分、大天井岳山頂に向けて出発。15分ほどで山頂に着き、日の出を待つ。水平線に雲があってなかなか出てこないが、空は真っ赤に焼けてくる。毎日雲の形が違うのでひたすらシャッターを押してしまう。
  5時を過ぎるとやっと雲の上に太陽が顔を出し、さあ槍ヶ岳が赤く染まるかと期待するがそうは問屋が卸さない。もやっとした寝ぼけ顔の槍ヶ岳になってしまう。5時半ごろになってひかりも強くなってくるが、今度は正面からの光に平板になってしまう。
  6時前、小屋に戻って朝食。他の客は全て終わっていて我々だけの静かな朝食だ。質・量ともに満足。
  午前の撮影は8時30分から。東天井岳の方へ稜線を進み、コマクサ・タカネツメクサ・イワツメクサ・チングルマの綿毛などを撮る。槍・穂高は相変わらずすっきりした姿にならないのでひたすら這いつくばって花を撮る。
  曇り時々薄日の天気なので、光を待つのも作品造りには必要だ。良い被写体を探しながら、東天井岳との鞍部まで行って戻ってくる。小屋には11時30分過ぎに帰着。 12時から小屋のメニューで昼食。夕食も素晴らしいが、昼食のメニューも下界にいるような内容だ。ナンとサフランライスにスープが付くインディアンランチという豪華なカレー、冷やし中華、定番のうどんにラーメン、勿論普通のカレーもある。選ぶのが楽しい昼食だ。
  午後はしばらく休憩となったが、そのうちに雲が厚くなり、ガスが巻き時折雨も混じるようになってきた。待機しているうちに4時頃からは本格的に雨が降り出してきた。31日に登ってから毎日同じパターンの天候が続く。結局午後の撮影はなし。
  17時30分、夕食。肉と魚を昨日と反対にする人が多かったが、メニューは全く違って、肉は生姜焼き、魚は煮魚にエビフライと今日も豪華だ。食後はいつもの歓談が続き、20時30分頃就寝。
 
 
8月4日 木曜日 晴れ後曇り夕方一時雨
 4時起床。6時まで山頂並びに小屋周辺で撮影。東の空の雲がこのところの朝に比べてやや少なくなり、その分朝焼けは単純になる。丸い太陽が昇ってくるのがはっきり見えるのは空が濁りフェーズが掛かっているためだ。
 6時朝食。この日下山する石神君は朝食後早々に出発。同じく燕山荘に戻る大谷、渡里、加藤3名は、途中まで送って行く宏倫さんに付き添われて7時35分に下って行った。残るは先生と生徒5人、同時刻に常念を目指して出発。
 今日は常念小屋まで、時間は十分にあるので、途中途中花を見つけては撮影、晴れて風も爽やかなので、稜線の歩みは快適だ。
  9時45分、旧二ノ俣小屋跡で宮嶋さんが仕事をしだす。旧二ノ俣小屋は常念小屋や燕山荘・喜作新道ができる前、安曇野から槍ヶ岳へ登るルートにあった小屋だそうだが、その跡に石垣と創設のいわれを掘った石碑が残っている。
 この地の歴史的価値を残しておく必要があるとのことから、宮嶋さんが記録を整理しているが、その一環で石碑の拓本を採る作業を今回しに来たとのこと。85歳にしてカメラをはじめ重い荷物の上に更に拓本を採る材料までもって来たのには敬服だ。
 10時25分、まだ作業中の宮嶋さんを残して先へ進む。東天井岳の南面を回り込み、横通し岳の鞍部まで標高差は少ないが歩きにくい路を下って11時20分に着く。追い越していった浦安総合高校の生徒30人ほどが休んでいたので、この横に陣取って昼食とする。
 その間に宮嶋さんも追いつき、11時47分まで休憩の後、今日最後の登りにかかる。傾斜は緩いが一本調子の登りをゆるゆると登り、左へ回り込む手前、二宮さんが「あっ、熊だ」の声を発する。右前方やや下の80mほど先に熊の親子を発見。
 2匹の子熊がいるので要注意だが、大分離れていたので安心してカメラを取り出し、チャンスとばかり一斉にシャッターを切る。周辺でしばらく餌を食べて歩き回っていたが、こちらのざわめきが聞こえたのか、谷の方へ徐々に移って行った。まともに熊にあったのは初めての経験だ。
 熊にあった興奮も冷め歩行再開。左に回り込むと常念小屋が下の方に見えてくる。もう間近と思いきや、歩きにくい岩ゴロの路が続いてがっくりスピードが落ちる。下りに入るとコキンレイカ(別名ハクサンオミナエシ)が目に付きだす。
 これが今日最後の花の撮影だ。少し時期が過ぎているので、まだ撮影に足る花を見つけて皆で撮影する。やがて上方に宏倫さんの姿が見えてきた。
 大分時間がたっていたが、結局鎖場を過ぎ、大下りを登った先の東側を巻くところまで送って行ったとのこと。燕山荘までの半分以上行ったことになる。これでやっと全員が揃い、常念小屋に向かう。13時45分到着。今日は幸い雨に会わなかったが、ガスが巻き視界はすっかり悪くなっていた。
 小屋で荷物を整理して、食堂で一休み。状況から今日の撮影は終わりになりそうなので、食堂のテラスで飲む人は飲み、語る人は語って時を過ごす。
 17時50分夕食。最近の北アルプスの小屋にしては珍しく、かつて定番だったハンバーグがメインで、カボチャやナスなどが添えられてあった。以降は売店前の談話室で歓談。20時30分頃就寝。
 
 
8月5日 金曜日 晴れ後曇り時々晴れ
 4時起床。快晴の朝だ。小屋の周囲で撮影に勤しむが、雲が無いので却って単調になってしまう。相変わらず東の空にはフェーズがかかって、対岸の槍・穂高に赤みは付かない。僅かに常念岳の東面がほんのり染まってくれたが、その中を高校生のワンゲルの団体が常念岳に登っていくのが清々しい。
 6時朝食。今日は撮影はともかくここまで来たので山頂を目指すことにする。7時15分小屋を出発。15分ずつ2度の休憩を挟んで9時7分に山頂に立つ。蝶ヶ岳方面から来る登山者も到着する時間なので、山頂は大賑わいだ。
 天空は晴れているものの、槍・穂高の稜線は既にガスが纏わりついて、撮影には不向きな条件になってしまった。だが、気温16℃、爽やかな風も吹いて山頂にいるだけで気分は爽快だ。それぞれが持つ行動食などを分け合って、大天井方面のスカイラインを眺めながらここ数日の感慨にふける。
 9時50分、先生含め3名の第一陣が下山開始。11時3分に常念小屋に帰着。残った4人は更に1時間ほど山頂にいたが、その間、岩陰からオコジョが出現、愛嬌を振りまきながら被写体になってくれたとのこと。慌て者には山の神のお土産はないらしい。
 13時30分、ようやく第二陣が帰着。第一陣がテラスで昼食を食べた後だった。その後はガスが濃く、撮影不能。長々とテラスと食堂で歓談。ついつい飲み過ぎ食べ過ぎになってしまう。
 17時50分夕食。驚いたことに昨日と全く同じ、主役はもとより、ナスやカボチャの数まで全く同じだ。多くの小屋は連泊用に違った夕食を用意してくれるが、この小屋は一夏中同じなのだろうか。大天荘とのあまりの違いに驚く。
 夕刻空が開いてきた。まだ一度も夕焼けに会っていないので期待してカメラを持って小屋の前に出たが、結局空振り。5日間とうとう一度も夕焼けを見ずに終わった。金曜日の夜、登山客は多く、夕食は78人×3回プラスアルファーだった。
 6日も風呂なしの生活、部屋に入ると何となく臭いが仕方がない。いよいよ明日は下山。荷物の整理を簡単にしておいて就寝。
 
 
8月6日 土曜日 晴れ
 4時起床、快晴。4時30分~5時15分撮影。雲はないが相変わらずフェーズが濃い。遠く四阿山の左から太陽が昇ってきたが、まるで夕日のように真っ赤な真ん丸な太陽だ。直接見ていても眩しくないのが、空気の汚れの証左と言えよう。槍・穂高もほんのり染まるだけだった。
 5時30分朝食。朝も昨日と同じだ。6時32分、下山にかかる。6時52分第二ベンチ通過。第一ベンチで7時5分から13分まで休憩。7時26分水場、7時55分胸突八丁。このペースなら11時にヒエ平に呼んだタクシーに余裕で下れるだろうと、花々の撮影にかかる。
 センジュガンピ、ソバナ、シモツケ、オオバミゾホウズキ、ハクサンシャジン、マルバダケブキなどなど。そうこうしているうちに9時5分笠原沢を通過、その先で9時21分から10分ほど休憩。
 時計を見ると11時までの下山が怪しくなる。先を急ぐ先生と唐妻さん、第二陣の宮嶋さんと山口、最後に宏倫さんと女性2人がそれぞれ一心不乱に先を急ぐ。地図のコースタイムでは十分着けるはずだったが、岩ゴロの多い路はスピードが上がらない。それでも先生たちは10時55分に登山口に着いて、既に来ていたジャンボタクシーに事情を説明して待ってもらう。第二陣は11時3分、女性陣は11時15分の到着となった。そのままタクシーに乗り、しゃくなげ荘に向かう。
 11時50分頃しゃくなげ荘に到着。7日ぶりの温泉で染みついた汗を流し、さっぱりして穂高駅近くのそば屋「一休庵」に向かう。それぞれ好みの蕎麦を注文したところで今回の撮影会を終了。それぞれ帰宅のためのルート設定にかかる。最も遠い二宮さんは13時過ぎの列車に乗れば今日のうちに四国宇和島まで帰れるとのことで、駅でのチケット購入に手間取り、とうとう食事はできず仕舞いだった。他のメンバーは13時40分頃から順次、それぞれ車や列車で帰宅の途に就いた。写真的には不満だが、充実した山旅だった。
 
記録:山口     写真:岩橋(宏)、山口